エッ?「床の間は」ステータスシンボルであった?

テレビ番組の「なんでも鑑定団」が面白い。                                 人間というのは、いいモノを持っていると、どうしても見せびらかしたくなるものだそうだ。出演者の方が、自慢のお宝を鑑定に出して、ニセものであった時の残念な顔を見たくなるのは、自分が、いいモノを持っていないからだろうか。そのせいだろうか、毎回、毎回こんなに骨董集めが趣味の方がいらっしゃるとは、日本はけっこう豊かなのかもしれないと思う時があります。                                        でも、収入が少なくて、結婚できない方々もおられ、少子化が進んでいるのも事実でありますが。          高級外車や一流ブランドの時計、有名なロゴ入りの高級バックなんかは、昭和の高度成長期から、ステータスシンボル(社会的地位や経済力の象徴となる、所持品や財産などのこと)として憧れの的でした。

でも、昔から、日本には、こんなステータスシンボルがあったのです。それは、日本住宅の和室に、当たり前のようにあった「床の間」ですが、しかし、「床の間」は家の格式を示す重要な場所でした。「床の間」が造られるようになったのは、南北朝時代(鎌倉時代と室町時代の間)の頃で、絵画を飾ったり、置物や陶器などの美術品を鑑賞する場として発展してきました。

贅沢なお宝が飾られた「床の間」はまさにステータスシンボルと言ってよかったと思います。「床の間」を見ればその家のランクが、大体わかってしまうなんてこともあったそうな。そして、近世になると、「床の間」は武家だけでなく、庄屋などの一部の庶民の住まいにも「床の間」が造られたが、江戸時代に、贅沢(ぜいたく)の禁止令が出されて、武士と上流階級だけが、「床の間」を楽しむことができました。でも、「床の間」は、ただお宝を飾るだけの場所ではなく、そこに季節の生け花や山水画、書などを飾って、部屋の中に自然の移ろいを再現し、四季を大切にする日本人の心やすらぐ空間でもあったのでした。

人の価値観は時代の流れや、周りの環境に影響されてどんどんと、変わってゆきます。最近は気候も随分と変わってきておりまして、大事な日本の四季が無くなりかけて、二季の時代がやってきております。取り巻く環境もどんどんと変化しております。でも、日本人は強いです。日本は二千年続いてきております。心の落ち着く環境が廻ってきてほしいものです。 

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